3.江戸の幕臣徳山氏

  この徳山氏は、「2.清和源氏土岐氏族徳山氏」で紹介した徳山貞孝の子、五兵衛則秀に続くものです。


徳山五兵衛則秀−「とくのやま」と称す

  徳山一族の中で、歴史上最も波乱に満ちた生涯を送ったのは、貞孝の子五兵衛則秀であり、徳山一族を語るのに最大級の人物です。則秀は、幕臣徳山氏の初代であるのみならず、苗字の読みや家紋も改めるなど、影響力の大きな人物です。(家伝に、「はじめ『とこのやま』と称せしを、則秀がときより『とくのやま』と唱う。」とあります。)

  五兵衛則秀は、織田信長に従い、浅井、朝倉討伐や長篠合戦などに参加、その後柴田勝家の与力となって加賀の攻略に加わり、天正4年(1576年)御幸塚城(石川県小松市)を陥し、信長から御幸塚城主に任命されます。次いで、小松城に移った後、天正8年(1580年)の加賀平定後は松任4万石の領主となります。その後も、則秀は娘婿佐久間玄蕃盛政との縁もあり、柴田勝家配下として能登、越中方面で戦っています。天正10年(1582年)6月の本能寺の変の際には、魚津城(富山県魚津市)攻略に参加していました。

  本能寺の変の後も則秀は柴田勝家に従っています。天正11年の賤ヶ岳の合戦にも柴田側として参加、有名な大岩山砦の奇襲にも先鋒として活躍し、「賤ヶ岳合戦図屏風」にもその姿が描かれています。賤ヶ岳の合戦は秀吉の迅速な帰還と前田利家の戦場離脱により柴田側は敗戦。則秀は秀吉に降り、高野山に蟄居しますが、後に出て丹羽長秀に仕えて8千石を得、次いで前田利家に仕えます。前田利家の死後、慶長5年、徳川家康に召し出され、以後幕臣となっています。

  五兵衛則秀は「徳山村史」に「勇邁にして機智策謀にたけ、隠忍長久の人生観を持ち」とあるように、魅力的な人物であったようです。勇敢なだけでなく、御幸塚城攻略では調略を廻らして城将を内応させるなど戦略面でも有能だったようで、戦国の世を生き抜いています。また、家康公の生涯や思想、人柄に似通うものが多かったのでしょう、晩年には家康公の御噺衆に列し、本領美濃徳山及び更木5千石を賜り、厚遇を受けています。


幕臣徳山氏(本家)

第2代直政(なおまさ)
  父死去の折幼少のため、姉婿九蔵英行(実は佐久間玄蕃盛政の子)に2千石を与えて後見とし、直政は3千石(のち3,243石)を相続した。大阪両度の役には使番となり、後に大阪城普請奉行、美濃国堤普請奉行となる。

※九蔵英行は僧となるの志ありて逐電したため領地2千石は幕府に没収となる。

第3代重政(しげまさ)
  万治3年(1660年)に初代本所築地奉行となり、本所、深川の都市計画と埋め立て、掘り割り開削、架橋を行う。(現在の墨田区、江東区にみられる整然とした碁盤の目状の街路網はこれを基本としている。)亀戸に天満宮を勧請、深川長慶寺を中興。本所石原に宅地を賜る(現在、徳之山稲荷神社がある場所)。後、勘定奉行。

第4代重俊(しげとし)
  2,743石を相続し、500石を弟権左衛門重次(幕臣徳山家の分家)に分知する。先手御鉄砲頭、盗賊奉行。池波正太郎の小説「堀部安兵衛」に登場。

第5代重舊(しげとも)
  秀栄(ひでいえ)ともいう。先手御鉄砲頭、のち火附盗賊改方に就任し、盗賊日本左衛門一味の捕縛に功績を挙げる。池波正太郎の小説「おとこの秘図」の主人公。

第6代頼屋(よりや)
  使番、布衣。

第7代頼意(よりおき)
  使番、布衣。

第8代頼福(よりとみ)
  26歳で死亡。

第9代貞賢(さだかた)
  18歳で死亡。

第10代秀起(ひでおき)
  分家筋にあたる逸見八左衛門義直の三男、養子となる。大阪町奉行、諸大夫石見守、先手御鉄砲頭。

第11代秀守(ひでもり)
  西丸御納戸、使番、先手御鉄砲頭。

第12代秀堅(ひでかた)
  出羽守。講武所砲術教授方出役を勤める。慶応3年(1867年)歩兵頭より歩兵奉行となる。翌年正月、徳川慶喜が幕府の兵を率いて入京しようとしたとき、二条城にあってこれを固めた。維新になって領地2,743石を奉還した。


幕臣徳山氏(分家)

  上記本家第4代重俊の弟権左衛門重次のたてた家である。500石。

第2代嘉之助重一(重次の養子となり、御小姓組となる)
第3代権左衛門重之(御書院番)
第4代小左衛門貞明(重之の養子。実は本家第5代秀栄の次男。御小姓組、御小納戸、甲斐守)
第5代小左衛門貞時(貞明の養子。実は竹本越前守正章の次男)
第6代小左衛門貞栄(貞時の養子。実は能勢惣八郎頼継の三男)
第7代小左衛門貞実
第8代小左衛門重元
第9代小左衛門某(領地奉還)


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